2007年9月30日

老犬ミック

「ウンモ~~ッ」 皆が寝静まった深夜 突然聞こえてくる呻き声

牛ではない・・・ 老犬ミックだ

「クゥ クゥ クゥ クゥ」 家の中の我々に向かって飯を要求する鳴き声

ついさっき食べたことをもう忘れている・・・ 老犬ミックだ


今年21歳になるウチの長男が「犬が欲しい犬が欲しい」と毎日騒いでいた小学校3年生の頃、たまたま私の担当のお客様の家で子犬が数匹生まれ、そのうちの1匹を譲っていただき我が家にやってきたのが“ミック”です。当時「ミッキーマウス」が好きだった長男が、母親と相談して命名しました。

ミックは紀州犬の血統を持つ真っ白な雌の日本犬で、生後一月足らずから飼い始めた当時は、表情も仕草もそれはそれは愛らしく、あっという間に我が家のアイドルになりました。
ウチは隣に住んでいる家内の両親も含めてみんな犬が大好きなので、彼女も皆に可愛がられてすぐに自分も家族の一員だと思い込んでいたようです。

しかしそこは紀州犬、気性が荒く、犬独特の縄張り意識の強さも他の犬種に比べて群を抜いているので、幼犬の頃はそのとんでもない快活さに私もかなり手を焼かされたものです。

見知らぬ訪問者には誰彼かまわずドスの効いた声で吠えかかるので、その度に外に出て訪問者に謝っていましたが、そんな彼女の怖いもの知らずの闘争心は、我が家の防犯役という面では確実にセコムの上を行っていたのも事実です。


そんなミックも最近は耳も遠くなり、物忘れも激しくなって、おまけにやっとヨタヨタ歩いている状態なので外に散歩に出ることもなく、すっかり年老いてしまいました。

まあ無理もありません、人間なら既に90歳前後のお婆ちゃんです。逆に大きな病気もせず、よく長生きしてるなと思います。かみさんの言葉を借りれば「何でも食べるし食欲だけなら40代、100歳まで生きたあんたのお祖母ちゃんにそっくりよ」とのことです。


私自身、子どもの頃からいつも家に犬がいる環境で育ってきましたが、これだけ長い間同じ犬と一緒に過ごしたのは初めてです。それだけに我が家におけるミックの存在価値も大きなものになったと感じています。

末の娘にとっては、自分がちょうど物心ついた頃にミックがきて、それからずっと一緒に戯れたり噛みつきあって成長してきたわけですから、きっと同志のような感覚をもっていることでしょう。そんな娘とミックを見ていておもしろいのは、娘はあくまで自分が面倒を見ている主人の立場のように振舞っているのですが、何故かミックはミックで「私の方が上よ」という態度を見せることです。『この子は両親と二人の兄に世話してもらってるわがままな末っ子でしょ?』という状況が分かっているようです。

また、以前次男が大事な試合に負けて帰宅したときは、なかなか家の中に入ってこないので窓から庭を眺めてみると、地面に腰を下ろした息子の前にミックがちょこんとお座り状態。息子は何も言わずにたまにミックの頭や喉の辺りをなでたりして、ぼんやりその顔を見ているようでした。
私からは息子の背中越しにミックの顔しか見えなかったのですが、ミックはとても穏やかな表情で息子を見つめ、動かずにずっと付き合ってくれていたように見えました。暫くして、息子が何かを吹っ切ったように勢いよく立ち上がり、「ただいま!」と元気よく家に入ってきたのですが、ミックはそれを見届けてから静かに小屋に帰って行きました。息子もまた、親子だけでは満たすことのできない癒しをミックからたくさんもらっていたように思います。


犬を飼った経験のある方は皆さん思い当たるでしょうが、不思議と彼らにはすべて見えているんじゃないかと思うときがあります。勿論犬だけに限ったことではないのでしょうが、彼らと一緒にいることで、逆に人間という動物の上辺だけの気付きのない独りよがりの感覚って本当に薄っぺらいと思うときがあります。

彼らは言葉で人間にメッセージを送ることはできませんが、上手い言葉で知ったかぶる人間とは違うからこそ愛されるのかもしれません。


今年の冬を乗り切れるかどうか、ここ数年心配しながらウチの老犬ミックをみていますが、彼女の死もまた、親が言葉などでは伝えることのできない感覚を、きっと我が家の子どもたちに残してくれると信じています。


『ミック、来年も一緒に初詣に行こうな・・・』